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「**、お疲れ」 底抜けに明るい――――のんびりした声だった。 辺り一面、凄絶なまでに赤一色に染まっている。ちらほらと折り重なって倒れている少年少女の死体を踏み越えながら歩いてきた彼は、そこで立ち止まった。数メートル先の小さな背中は微動だにしない。 血の匂い。立ち上る黒煙。放置され、異臭を放つ遺体。圧倒的な死の気配が濃厚に渦巻くそこは――――限りなく、天国に近い場所のように思えた。彼は目を細めて空を見上げる。瞳に映るのは、何だか妙に清々しい、作り物めいた美しさの蒼色だった。 「やっぱり――――お前だったね」 答えはないが、彼は構わずに肩をすくめて、淡々と言葉を紡ぎ続ける。 一瞬強い風が吹いて、彼の足元に肘から千切れた腕がころころと転がってきた。泥にまみれ、爪は剥がれ、手首には縦横無尽に赤い傷が走っている。切断面から覗く骨は、目の裏に焼き付くような白さだった。視線をやらないまま無造作に足で避けて、彼はもう一歩、間合いを詰めた。 ぺたりと座り込んでいる人物の骨格はとても華奢だ。あちこち切り裂かれた衣服は元の色が判別出来ない。暗褐色の背中は折れそうな細さだった。 彼の口角が上がる。心から楽しそうな、無邪気で純粋なその笑みは、幼子に似ていた。 「―――――気分は、どう?」 三日前には鬱蒼と生い茂っていた森も、今は僅かにその色彩を残すのみだった。鳥の囀りもきらめく木漏れ日も最早ここにはない。あるのは、人間だったものの残骸と、大地に染み込んだ絶望と、今尚肌にまとわりつく――――血の匂い。消せない死の気配が渦巻く、腐臭と火薬の匂い。戦場の跡地で、彼は座り込む小さな背中を見つめ続けている。 眼前に広がっているのは、ひとつの世界の終焉だった。 「―――ねえ」 ぐらり、と。折れそうな首が傾いて、背中が振り向く――――華奢な肩が白い首筋が土色の鼻筋がガラス玉のような目が――――永遠とも呼べるような永い時間をかけて――――今、彼を、ゆっくりと―――振り返る。 彼は息を呑む。背筋を這い上る悪寒。快感にも似た畏怖。ぞくり、と背中の毛が総毛立つ。 一瞬の内に無音になった世界で、彼はああ――――と思う。甘美な痛みさえもたらす、この対面を―――彼は深く、愛おしむ。 やはり、この人間が、必要だと――――確信する。 「……聞かせて、ほしいんだ」 血まみれの顔が笑った。 ひび割れた唇で、言う。 「ころして」 底抜けに明るい――――のんびりした声だった。 menu → |